たつぴこさんお誕生日おめでとうございます!
ということでゆるい感じのSSをばっ
無法都市シナプス: https://x.com/City_synapse_TL
お借りしました
逝晴さん: https://x.com/utupico666/status/1891670024877723976
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物要りに破岳タグ
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春の日差しは麗らかに冬の深い影にすら薄ら花色を差す。人々はその色彩豊かな昼下がりを飛ぶ鳥のように伸びをしながら謳歌していたが、このハルディンではすべてがすべて寿がれる訳ではない。
「はぁ……」
ほっそりとしながら節のある指を天に向けて気怠げに息を吐く者がひとりここにもいる。逝晴と呼ばれる異邦人である。
異邦人、というのもハルディンでは珍しい話ではない。ただ彼の者のありようはなるほど異邦人であった。「影」こそが彼の妖であり、影から伸ばす牙爪の類はまさに「鰐」。そう語られ、人を影から喰らい、されどヒトに供するが故に渡り歩く性を持たざるを得なかった逝晴──影鰐とかつて呼ばれた怪物──からすれば、この半端に眩しい季節はなるほど気怠げである。
旨そうな肉が鼻先を彷徨きながらも、冬の寒さ厳しさを越えて朗らかに躍り出た人々は、逝晴に奉仕を求め雑事雑事に振り回されている。喰いたいと話していたいが同居するこの季節は狂おしさすらあったろう。そんな一息が先の息吹には含まれていた。
「さて、…お賃金はいただきましたが…毎度ながらどうしましょうかね…」
庭先の手入れを終えて、路銀とともにいくばくか貰った春の野菜を抱え、逝晴は淡い日差しに薄くなっている己が影に目線を落とした。腹を満たすなら、踵を返して依頼主を食えばいい。ただ、それだとまた流浪することになる。野菜だって、別に好物というでもない。ハテ。
影が、揺れる。否。巨鳥を思わせる羽ばたきの後に背後に濃い影が降り立ったのだ。この影は知っている。この肉も。ああ、知っている。
「おや、いい野菜を貰えたんですね。ご苦労様です」
嶺が、降り立った。しゃらしゃらと丁寧に練られた麻糸同士が擦れる音に、振り返るまでもなく逝晴の気は少しだけ気怠げな花色から背後に向けられた。圧縮された質量は新芽の薄い葉や花弁などのように薄らと光を遮ることはない。巨大な山並みがそうであるようにこの足元だけは影を絶やすことはない。この影は年中そうなのだ。影の主人の号は「破岳」。巨大な嶺のような竜体をわざわざヒトに模して──とはいえその頭上には水牛のような角を備え竜脚と尾も携えているから目立つ──生きており、共に流浪すら愉しむと言って聞かない一種の変わり者だ。
「ああ、来てたんですか。そちらはどうでしたか?」
「古い縁のある士と少し手合わせをしたり、語らったりとなかなか実りある啓蟄でしたよ。酒も桃源でいいものを仕入れられました」
「そう」
にべもなく言葉を逝晴は流していく。それは他の者に対してもそうだったが、雇い主でもないこの濃い影に落とす言葉はいつも素っ気ないものだった。
「そのご様子だと、あんた野菜の使い道に困ってますね?」
「ええ」
お腹すいた、そうポツリと添えられた言葉に背後の竜の尾が愉快そうに振られたのが影越しに見える。濃い影がゆらゆらと己がそれを呑んでいく様に逝晴も少しだけ気をよくしたようだった。
ばさりと羽ばたくような音。より濃く広く差す影に逝晴はハテと振り返る。少し高い位置から見下ろす金眼が喜色に細められていたのが真っ先に見えた。追って音の正体に目がいく。内張の真っ黒な傘をこの変わり者は逝晴に差し向けるように、あるいは雨風から守るように広げている。降るのは花弁ばかりで雨なんて降らないというのに。忌々しいほど麗らかに晴れ渡っているというのに。
薄ら花色を平らげた影の中は深く、長躯の逝晴すらもすっぽり収まった。花を見るには傘は邪魔だ。ヒトが見れば、なんと無粋で花知らずな輩だろうか。それでも、ふっと気怠さに下がっていた妖の口角がわずかに緩む。気付けば鼻から軽く笑うように息が漏れていた。
「今から花見でもしつつ、酒の肴に野菜を煮たいと言ったらあんたそれをおれにくれますか?」
「肉は?…あります?」
「はは、いいですよ。"酒の肴にぴったり"だ」
肉もあり、影もあり。欲も本能もまた、嶺はただ抱擁する。異邦人に変わり者。春のさんざめく花々を濃い影が踏み分けて往く。気怠げに吐く息はいつの間にかに花を揺らす吐息に変わり、魔都の昼下がりは緩やかに流れていった。