オリジナル

鴉が鬼に出会った日

創作企画内の自機同士の出会いです!香芙華と目緋絲の初対面。
六つ足の虎の「半年後なら毛皮をやる」は「なめとこ山の熊/宮沢賢治」のワンシーンが好きでオマージュしました。気になった方は原作も読んでほしいです。

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「あんた、もしかして天狗様ですかい」

村人に問われた鴉天狗の男性は穏やかな声で「はい」と頷いた。背の高い女性に見紛われることも少なくはない美貌の彼の、人間言語で認識される名を春歌香芙華という。彼の生来の形である鴉の羽を見られた際には「化け物」と呼んだ人々であったが、正体不明の怪物に襲われた際助けに入れば信用に足りたらしい。怪我もしていないのならば特に続く用もなかろうと場を離れようとする香芙華に、男性達は「化け物退治を」と縋りつき声を零した。成程、彼らは前々からあのような怪物に襲われていたらしく、香芙華の羽を見て武器を構えた無礼もそういった理由があったようだ。

「化け物とは、先ほど貴方達に襲い掛かった、虎のような生き物ですか?」

「あれは俺達を襲わせて食い殺す、生きた拷問装置のようなもんです。それを扱う親玉はもっと山奥……あれを手懐けて哀願している、呪術師がいるんですよ」

呪術師。その言葉を聞いて香芙華の表情が僅かに強張る。鴉天狗の世界において、呪術は忌避すべき外道とされている。それらは他者に害意を撒き散らし、使った者の在り方を腐らせるからだ。加害者の術式により生まれ落ちた呪いは、何よりも哀れだ────最後の一考は自分以外の鴉天狗には笑われる、香芙華自身の思考である。古の先達達は呪術により生まれた命に人間性を認めていない。呪いは人間を模倣しているだけと、そこに至る経緯を考慮されぬまま、穢れとしての忌避を向けることが常だった。たとえ人を害さずとも、呪いである限り鴉天狗はそれらを自らの領域から排除してきた。時に、命を奪ってさえも。

生まれを理由に蔑まれ追い詰められた先、憎悪と交わり処分されるそれらを見ては、香芙華は己の種族が共有する思想に猜疑心を募らせ、呪術師と変わらぬ嫌悪を向けた。遂にその怒りは、故郷から離れることを選んだ。家族を愛していないわけではないが、一族は香芙華を夢見がちな子供と憐れんでいた。それがたまらなく腹立たしく、遅く来た反抗期にそれが連鎖反応を起こしたようなものだ。

(だからこそ呪術師の存在を許すべきではない。我欲に命を消費する術式に傾倒する存在を、見逃してはならない)

話を聞けば、彼らはあの山の獣を狩って生計を立てているという。それが獣を怒らせたのだとは分かるが、それでも、と彼らは言う。

「俺達は猟師だ、獣を捕らねば生きられん。それだのにあの鬼は山の獣をけしかけて、俺達が徐々に飢えて死ぬのを楽しんでいるんだ」

助けてくれ、あの鬼畜を退治してくれ。男性達は口々に香芙華へ頼み込む。話に聞く呪術師は、同胞を狩られた獣の無念を利用したのだろう。何よりも忌むべき呪術師の手口に香芙華は心を決め、自分に縋る男の手を取って「分かりました」と翼を広げた。

「呪術師のいる場所の、出来得る限り正確な場所を教えてください。私はその者と戦います」


足を踏み込めば、鴉天狗は山の奇異を知覚する。そこはほのかに霧がかり湿って、曖昧な視界に見える動植物は近づけば生息域を違える者達が共生していた。混ざりものもいないわけではないが、大概はあるがままの姿に育っている。捕食被食の存在も足りているのか腹を空かせた様子もなく、それでいて異様に数が多いということもない。時折、死んだ動物の肉を食む腐食性動物も見られるあたり、おとぎ話のようなメルヘンな世界観でもないらしい。露悪じみた残酷趣味や歪んだ潔癖思想で構築した場所ではないらしいことに少し安堵するが、しかし利権絡みで特定の地域に嫌がらせをしている利益主義や合理主義からなる無関心から生まれた平穏の可能性に目を背けては本質を見誤る。まずは呪術師を見つけねば、香芙華は藪を分け入った、その時。

ぐるる、と、獣の喉が鳴る。六つ足と呼ばれていた虎はしかし、腹の位置から生えた右足が千切れたように短かった。もはや体毛に覆われて血も出ていないそこは、遠い昔に傷を負ったか、あるいはそういった奇形に生まれたのだろう。虎は香芙華に驚き、分かりやすくネコ科の威嚇をする。大きく開かれた口から除く牙は、一般的な哺乳類とは異なる形、底生性のサメのように並べ連ねた形をしていた。この生き物に噛まれれば無事にはすまないことだろう。しかし、呪術師に利用された動物を傷つけるのは、そう考える香芙華の前に、鮮烈な赤と青が跳ぶ。

「こっちだぞ!」

揺れる赤色を虎が目で追う。狩りをする動物にとって、背を向けて逃げる動物は格好の獲物だ。それを知っているらしい一つ目の鬼は、長い髪がよく揺れるように空間を大きく使って虎の目を奪い、そうして走り向かう虎を振り返り、何の恐れもないような顔で両手を広げた。どうんっ、と鈍く大きな衝突音を立て、虎の口が鬼の片腕を咥えた。しかし、続く虎の喉の音は先ほどの威嚇とは打って変わって穏やかなものだった。鬼は虎に噛まれてすぐ、虎の方へ腕を押し付けながら顎下をわしわしと撫でていた。その一瞬で、虎は篭絡されていた。ミルク食の頃から育てている猫が、遊んでる最中の興奮で飼い主に噛みついただけ、とでもいうような表情だ。事実、鬼は虎の甘えに「おてんばめ」と楽しそうな声を上げている。虎の興奮が落ち着いた頃合いに、香芙華に向けられた声は明朗であった。

「すまない。威嚇とはいえ、恐ろしい思いをさせただろう。郷の者が迷惑をかけた」

郷という呼び方に、はてどういうことだろうと、香芙華の思考が揺らぐ。男性達は山で狩猟をしていたと言っていたが、此処に住まう者がいるということか。それにしたって「郷の者」と呼ぶには目の前の獣は野生そのものである。鴉天狗が視線を合わせれば鬼は大きな一つ目をゆっくりと瞬きした。知らぬ人であれば怯えを覚えるだろう奇異な行動であるが、目の前の鬼には動物が敵意を持たないことを示す視線外し程度の意味しかない。そう理解した直感に、香芙華は自分を助けに入ってくれた鬼に、今から向ける問いが否定されることを望んでいた。

「助けてくださってありがとうございます。貴方は?」

「儂か? この山で生まれた目一(まなひと)だ。今は此処に郷を作り、此処へ逃れてきた子供達と暮らしている」

当たり前のように名を名乗る鬼は、逃れてきた子供達と言った。単なる追われた者共ならば悪人の可能性も考えたろう。しかし、子供が居場所を追われたとなれば、それは何らかの理不尽が働いてはいなかったか。やはりこの人は先に言っていた男性達の言う、呪術師などではないのだ。香芙華は安堵し、最後の質問を向ける。

「そうですか、子供達と。ですが、大変では? この山には、呪術師が住まうと聞きます」

「呪術師? ああ、それなら心配いらないよ。儂がその呪術師で、この山々に掛かる呪力は儂自身で調整出来るから」


風を切る鋭い音が響いたその時、六つ足の虎は自分の体が放り投げられたことに気づいた。投げたのは子虎の頃から親しくしている鬼である。見れば先ほど自分がいたあたりの地面に、鬼の長い赤毛が一束ばさりと落ちている。風を切ったそれが木に刺さる投擲剣だと理解して、虎は怒りに歯噛みする。暴力的な侵入者に反撃を仕掛けようとする虎に、しかし鬼は自らの切り落とされた赤毛を掴み凛とした声で叫ぶ。

「手を出さずに隠れて欲しい! まれびとの相手は儂がする!」

鬼に捕まれた一束の髪の毛は、蠕虫めいて手中から蠢き出す。鴉天狗は既に鬼から距離を取り、追撃の爪を研いでいる。虎には鴉天狗の怒りが分からなかった。自分が威嚇をした瞬間ならばいざ知らず、何故和やかに言葉を交わした山怪鬼に刃を向けたのか、考えても分からない。しかしいつまでも足を止めては、親愛なる鬼の迷惑になる。賢い母虎は優雅な足取りで崖の上に着地し、生い茂る藪の中へと姿を消した。

一方その頃、香芙華は自らの胸の内に苛立っていた。確かに彼の耳は、目の前の鬼が呪術師であり、この山に呪いをかけているのだと聞いた。ならばあの鬼を討伐することはけして間違いではない筈だ。だが、あの鬼が六つ足の虎を「人殺しの道具として手懐けている」のならば、何故自らを傷つけてまで虎を崖の上へ投げ飛ばしたのか。髪の一束を切り落とした際、頬にもざっくりと傷をつけた。傷つけるつもりはなかった、などとは言えない。少なくとも、虎の前足を傷つけ、戦力を削ごうと考えていた。鬼がしゃがんだ瞬間、その位置が少しでもずれていれば、あるいは別の足を選んで投擲していたら────1つしかない鬼の目を潰した可能性さえある。

(あの人が呪術師と聞いたが、それは真実か? あの人がもし、本当の呪術師に操られているとすれば? なんらかの理由を持って、呪術師の身代わりにされているとすれば? あの瞬間、思考も回らないまま私は虎を狩ろうとした。だがあの人は、自分の目玉が潰れる可能性さえあったあの瞬間さえ、虎を案じていた)

善悪において呪術師は悪であると育てられてきた。しかし親が悪党であろうとも子に報いを受けさせることには反対だった。ただ生まれただけの子供に罪はない、罪悪は己の力で悪行を選び取り働く呪術師である。そう考えていた香芙華は、しかし「悪の呪術師」という前提を作った自分に気づいてしまった。生まれつきの呪力を持つ命が悪に成り果てたとして、それは元から悪と成る道を選んだのか、それとも。人々が呪術師が悪に成り得ると拒絶し迫害した末に、身の置ける場所がそこしかなかったのか。

「なんぞ悩んでいるようだな、鴉天狗の若人よ」

がさりと揺らいだ藪の中、跳躍した鬼は飛翔した鴉天狗の視線と合うよう、大木の一枝に身を置いた。逞しく育った木の枝は、身の丈二メートルを超す鬼が乗ろうとも揺らぎさえしない。そんな木に感謝を示すように表皮を撫でながら、山怪鬼は「呪術師が嫌いか」と鴉天狗に問う。香芙華は一つ言葉に詰まり、それから「ええ」と頷いた。

「呪術師は悪と、私の故郷では教え伝えられておりました。それを因習と蔑みますか?」

「いいや。言い伝えとは時に人の命を守る為に作られる。一つの指標として、呪いの中には人を害するものもあると、教え伝えることは大事だ」

伝えねば力を持ち生まれる幼子もまた不幸だ。鬼の言葉に香芙華は目を見張る。鬼は香芙華の表情を不思議そうに眺めながら、だってそうだろう、と続ける。

「包丁だって焚き火だって、その危険性を知らぬまま使えば怪我をする。時に人を傷つけて、山も焼く。だからこそ『どう使えば良いか』を教えるのが大人だろう」

儂は色んな生き物よりずうっと歳を取っている。それでも知らぬことばかりだから、自分で学んで人に教えてもらって、次に伝えていく。

「なぁ、鴉天狗の若人よ。貴方はあの時、儂の姿を見て攻撃しなかった。そして虎の子を攻撃したのは、儂と話してからだった。ならば、貴方が儂を攻撃するべきと判断したのは、人ならぬ身に対してではなく、呪術師である事実からだろう。だから嫌いかと聞いた儂に、貴方はわざわざ肯定し、その理由さえ口にした。こちら側と会話が出来ると、信頼してくれた貴方と戦おうとは思えん」

話し合わんか、そう囁いた声の先、赤く蠢く幾つもの虫が香芙華を背後の木の枝から、のろのろと這い寄り飛び掛かった。

生暖かい赤色が、香芙華の全身を覆った。


「おい! あの鴉天狗、鬼にやられたぞ!」

「なんだと!? 天狗ってのは修行僧だろ、たかが鬼にやられるのか!?」

「確かに見たんだ! ぬるぬると蠢く大量のイトミミズみたいなもんが、鴉天狗を飲み込んだまま地面に落ちていった……ありゃあきっと食われてる!」

「い、生きたまま肉を貪られたってのか……やっぱり、そうだ。あいつがどれだけ『友好的』だろうと、俺たちを騙す為の罠なんだ」

「そりゃあそうだ、そうに決まってる! 山の中の化け物なんぞ、信用がならねぇ!」

「捨て子を拾って育ててるというが、あれだって人間を襲う為の手駒を増やしてるんだ。俺達を殺す為の道具を増やしてるだけさ!」

「あの虎だって、半年後なら毛皮をやるだって? 嘘だ、畜生なんぞ、ガキより自分の命の方が大事に決まってる。どうせ俺達を殺して逃げる算段で、あんな嘘を吐いたのだ」

「そうだ、そうだ! だからあいつは、ガキを一匹連れて行っただけで、あんなに烈火の如く怒り散らかして、俺達を殺そうとした」

「あいつが無理に連れ戻そうとしなきゃ、ガキの方だって川に流されなかったんだ。俺たちは悪くない。畜生が、人間様に逆らうから」

「ああ、悔しいなぁ。あのガキだって、毛皮にしときゃあ女物の飾り襟くらいにはなって、言い値で売れただろうに」

おやまぁ、そういうことだったのか。男達の頭上から聞こえた声は、木の天辺から落ちてきた。鬼はその背に鴉天狗を乗せて、小脇に濡れた子虎を抱えていた。

「貴方達に信頼してもらえなかったのは儂の落ち度だが。だからと言って、木瓜と約束を違えたのは良くない。あの子は事実、半年後に毛皮をやれるように準備していた。出来得る限り高く売れるよう、肌を傷つけぬようにと暮らしていた。その覚悟を信じ切れず、安蘭を奪って川に落としたのは、貴方達の犯した間違いだ」

水気を吸い取る為だろう、布に包まれた子虎は心底怒っているという様子でシャアーッと威嚇音を伸ばした。そんな安蘭の機嫌を取るよう少し顎を撫でてから、鬼は香芙華を示して言う。

「そして、見ず知らずのまれびとを騙したのも良くない。彼は儂らに無関係だというのに、一つ間違えば怪我をしていた」

矢を放った者は。鬼が問うと、男達の一人がぎくりとした。矢とは何のことだと他の男達が訪ねれば、鬼はくしゃりと丸めた矢だったのだろうゴミを差し出した。

「弓矢を引くならば風の方向を測らねば。香芙華殿の後ろから儂を射ようとしたのだろうが……体格差があるとはいえ頭より少し上を狙っては、儂の目玉ではなく香芙華殿の頭に当たる」

「私は、こちらの目一さんの手で、貴方がたの凶行から守られたのです」

香芙華はぽつりと零せば、男達はバツが悪そうに視線を逸らし、しかし、射ち漏らした男だけは震える声で言い訳をした。否、それは言い訳ではなく、自らの行動に「罪はない」と言いたいがあまりの理不尽であった。きっとこいつも鬼の仲間だ、俺はそれが分かって頭を狙ったんだ、と。人に似た形をした生き物を殺しかけた恐怖と罪悪感に襲われていたとはいえ、それだけは言うべきではなかったろう言葉を口に重ねた男は。

驚くべきスピードで、香芙華は男の鳩尾に肘打ちを決めた。因みに香芙華は鴉天狗、現状人間らしい形に整えているが、これはある種の依り代のようなもので、元は鳥の姿をしている。ある研究によれば、人間の胸筋を1とした時、香芙華が属するコクマルガラスの仲間の胸筋は18倍の密度を持つとされると言う。胸筋は押し出す力に関わる筋肉であり、当然の如く────彼の肘打ちはほぼ凶器である。

激痛を衝撃に泡を吹きながら吹っ飛ばされる男に、何より迷惑を被っただろう鬼は呆気に取られ、男達は悲鳴を上げる。しかしそこで香芙華の怒りが抑えられることはなく、逃げ出した男達の襟首を鷲掴んでは肘を打ち込んでいく。倒れた男の肋骨に骨折を確認しながら、けれども罅程度に収めている事実に鬼は少し安堵した。

「これならば儂の呪術で治せる。悪いことをしたとはいえ、反省もなく死んでしまっては憐れだ」

子虎は興奮しているらしく、泡を吹いて倒れた男の髪へガジガジと噛みつく。それでも、髪の毛はお腹に詰まってしまうぞ、と優しく胸元に入れられてしまえば、子虎は胸のさらしに挟まったまま、ぶぶぶと小さく鼻を鳴らして文句を言いつつ、鬼の治療呪術を眺めていた。


「目一さん、誠に申し訳ございません」

地べたに正座したまま切腹の姿勢をとる鴉天狗から短刀を奪い取り、鬼は「こういうことはやめてほしい!」と切に願った。

「儂、正せた間違いを自分の命で償うとか、そういうやり方は嫌だぞ! 少なくとも今回の件は、腹を切ってケジメをつけるような事件ではないし」

「ケジメなんて、私は極道では……いえ、そうですね。罪のない方々に襲い掛かった私など、やくざやチンピラや愚連隊と同じです」

「おお……真面目なことは良いことだが、それで自分を苦しめるのはあまり感心出来んぞ? それに儂だって、案外小狡く策を練っていたからな」

小狡くとは何の話だろう。香芙華が鬼へ目線を向けると、鬼は「すまんなぁ」と柔く笑って種を明かす。

「一つ目に、木瓜と貴方が再会したのは偶然ではない。木瓜から貴方の話を聞いていたので、貴方と話す時間を作る為、木瓜に芝居を打ってもらった。二つ目に、儂の名前は目一ではない。貴方が何らかの術を撃つ場合、先に名前を握られては攻撃力が増してしまうと思ってな」

自分が木瓜と呼ばれる六つ足の虎と再会したのは、木瓜を追い払ってから1時間と経っていない。その間に、鬼は木瓜の子供を見つけ出していたし、香芙華を策に嵌めていたということらしい。地の利という奴だ、と何でもないように笑う鬼に、香芙華も力が抜けてしまって、けれどもまだ罪悪感があるのか目を伏せた。

「……私は、初めから呪術師側が悪と、決めつけておりました」

「それは仕方ないさ、人々の中で呪いというのは大概悪い印象を持たれるだろうからな。儂の使う呪術だとて、巡り巡って何らかの被害を生むかもしれない。恐怖とは生き物が生き延びる為に必要な反応だ。それこそ、木瓜や安蘭の威嚇と同じで、それ自体に罪はない。それを振りかざして理不尽を強いるのは悪いことだがな」

貴方は自らの行動を疑い、理不尽を強いる前に立ち止まって会話をしてくれた。鬼は香芙華の前に立ち、自らの名を言葉にした。

「儂の名は目緋絲。山の命が混ざり合ってできた、山怪の鬼だ。……今回のことでどうしても償いがしたいのならば、腹よりも切ってほしいものがある」

今日、儂が登った木が伐採を願い出ているのだ。山怪鬼を名乗る彼女はそう言って、自分の鉈とそれよりもう少し小さい鉈を手に取った。木が切られることを望むなんて、と零す香芙華に、目緋絲は簡単な説明を入れる。

「伐採とはいえ、木の全てを奪うわけではない。枝葉が増えすぎた植物は、時に自らの陰で光を浴びられなくなってしまうのでな。そうなると足元の草花も弱ってしまう。そうならない為のお手入れという奴だ。木の立場からすれば、時に切り落とされたり落雷に折れたり、そういった傷を持たずに生きる方がつらいこともある」

自分以外の生き物、その立場や成り立ち、文化において幸福は異なる。────諸々の場所で語られる「皆一緒の幸せ」と、その幸福はかけ離れた形をしているかもしれない。そう理解した香芙華はハッとして、それから、立ち上がって斧を受け取った。霞がかる世界の中、音もなく逃げ出す子供達も、のんびりと挨拶をする老人達も、人と生活様式の異なった人ならざる者さえ共存している、此処でならば。自分の目指すべき呪術との関わり方を、学ぶことができるかもしれない。

「そのお仕事、お受けしたします。そして、厚かましいお願いではありますが……この郷に、住まわせていただけませんか?」

香芙華の言葉に目緋絲は「承知した!」と手を差し出した。香芙華からの握手を邪魔するかのように、その掌の上に安蘭が転がり込み、木瓜が申し訳なさそうに我が子の首根っこを口に咥えて去っていった。ほんの少し前まで敵対していたとは思えないのんびりとした展開に香芙華は思わず笑みを零し、目緋絲も新たな住民の不安が立ち消えた様子に明朗な笑い声をあげた。こうしてとある昔、逢真贋刻郷に住まう人々の中に、美しくも案外荒っぽい鴉天狗が縁を結んだのであった。

鴉が鬼に出会った日

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